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#8 “三刀流”で 好きなことを楽しむ 【糸島しごと】
更新日:2024年2月7日
#8 “三刀流”で好きなことを楽しむ

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安武舞さん Yasutake Mai
会社員、フリースタイルフットボーラー、映像クリエイター
2000年生まれ。幼少期はドイツなどで暮らし、小学校から高校まで糸島市志摩船越在住。2023年に慶應義塾大学を卒業後、情報サービスの大手企業に就職。現在は副業として映像を制作し、フリースタイルフットボーラーとしても活躍中。
サッカーのリフティングやドリブルの技術をベースに、音楽に合わせて足や頭でボールを操ってパフォーマンスを披露する「フリースタイルフットボール」。2023年に開催された世界大会のkill the beat部門で、糸島市出身の安武舞さんが世界トップ8に輝いた。
安武さんは2023年3月に東京の大学を卒業し、情報サービス大手の会社員になって1年目。副業で映像クリエイターとしても活動しつつ、フリースタイルフットボールを続けている。現在は糸島市・東京都・愛知県の3拠点で活動している安武さんに、これまでの道のりや糸島の魅力について聞いた。
中学で出会った競技に魅了され関東、そして海外へ
安武さんは会社員とフリースタイルフットボーラー、映像クリエイターの“三刀流”で活動し、しかも国内3拠点で生活されているとのこと。どうやってそうなったのか気になります。まずは、糸島でどんな子ども時代を過ごしたのか教えてください。
豊かな自然に抱かれた環境で、友達と海や山で遊んだりサッカーをしたりと、活発な子どもでした。地元の中学校ではサッカー部に入ったものの、男子と体力差もあり、なかなか試合に出られなくて。リフティングの練習ならひとりでどこでもできるので、ずっとやっていたら、リフティングだけは誰にも負けないほど上手になったんです。そのうち物足りなくなり、YouTubeでかっこいい技を見つけて、挑戦するようになりました。
それがフリースタイルフットボールだったと。
実は、もともとそんな競技があるとは知らなくて。自分がやっている動画をSNSに投稿したら、見た人から「それはフリースタイルフットボールというんだよ」と連絡をもらい、中3で初めてこの競技のことを知りました。
フリースタイルフットボールは2000年代に入って世界中で動画が広まり、競技する人がどんどん増えています。日本は強豪国で、当時から男性の競技者は多かったのですが、女性は私を含めて数人しかいなかったと思います。
高校に進学しても、いつも昼食を早く済ませて、昼休みに体育館で練習するほど熱中していました。ただ、大きなケガをして、あまり練習ができない期間はバンド活動などもしました。初めてフリースタイルフットボールの大会に出たのは高3のとき。アマチュアの学生選手権で、初戦敗退して悔しかったことを覚えています。
中学生の頃から自宅の庭で練習を重ねてきた。「好き」「楽しい」という感覚が原動力だ
関東に進学されたのはなぜでしょう。
慶応義塾大学で開講されている全ての科目を受講できる総合政策学部(SFC)に魅かれたからです。在学中は社会学やIT、プログラミング、イスラム社会など興味を持ったことを幅広く学びました。
それに、フリースタイルをやっている人が多い関東に行きたいというのも大きな理由でした。在学中はいろいろな大会に出て、2022年に大学4年で参加した学生選手権では女子の部と男女混合の部でダブル優勝。大学生日本一になることができました。私にとってフリースタイルは遊びで、スポコン的なノリではなく、ただただ楽しく、中学生の頃から毎日数時間練習するほどのめり込んでいました。
努力が実を結んだのですね。
世界が広がりました。大学生のとき、私のフリースタイルの動画がアラブ界隈でバズって、アラビア語のコメントだらけになったので、アラビア語の勉強を始めました。現地でも学びたくてモロッコに行くと、「日本人のMaiが来る」と話題になったらしく、各地から競技者が集まってくれました。
みんなと話していると、モロッコでは何年も大会が開かれず、前回の大会は公民館で普通の服が賞品だった…と不満もあったようで。ちょうど私がモロッコでは買えないボールを持っていたから、そのボールを賞品にして大会を開きました。すごく喜んでくれて、その後は自分たちで大会を続けているようです。
夢はあえて掲げずに好きなことに没頭した
将来なりたい職業はありましたか?
特に何かになりたいという思いはずっとありませんでした。将来の夢を掲げても、数年後に自分が何に興味を持つか分からないから。
大学生のとき、私には軸が2つありました。1つはフリースタイルフットボールで、身近にプロになる友人もいました。もう1つは映像制作です。大学の仲間たちが映像制作の会社を立ち上げていて、私も会社経由や個人で映像制作の仕事を請け負っていました。
卒業後のことを考えたとき、どちらもすごく好きで熱中しすぎるので、あえて会社員になろうと決めました。フリースタイルは時間があれば1日8時間やって、「すごいね」と言われていたけど、何度もケガをして。映像の制作も没頭すると食べるのもトイレに行くのも忘れちゃって、体調を崩すことも。普通に考えて、人間としておかしいですよね(笑)。だから、会社員として働くことで、自分をコントロールしながら、好きなことをしようと思ったんです。

「目指す職業はなかったけれど、フリースタイルフットボールで世界一になりたいという目標は明確でした」と安武さん
今はどんな仕事や生活をされているのですか?
情報サービスの会社で会社員として働きながら、副業で映像を制作して、フリースタイルフットボールも続けています。フリースタイルの練習は平日のみ1日3時間半と決め、メリハリをつけて生活できています。
会社員として従事しているのはマーケティング業務です。フルリモートでどこでも仕事できるので、今は糸島の実家のほかに、愛知ではパートナー、東京では友達とシェアしている部屋があり、3拠点で活動しています。1か月のうち1週間ほど糸島で過ごし、残りは東京と愛知という生活です。

映像制作はテレビCMからSNSの広告まで幅広く手掛けている
自然と人の温かさが糸島の魅力と気づいた
糸島から外に出たからこそ見えてきたことは?
最近、糸島は観光スポットとして全国的に人気が高まっています。でも、もともと糸島には自然しかなくて、いろいろなところに行ってみたからこそ、何もないことがすごい魅力で、最も自分に向き合える場所だと気づきました。
私が小さい頃は、山に登って秘密基地を作ったり、服の下に水着を着て学校に行き、帰ってきてすぐ海で泳いだり。何もないからクリエイティブだったし、ゆっくり時間が流れる中でのびのびと遊んでいました。ひとりで没頭できるフリースタイルフットボールに出会えたのも、この環境のおかげかもしれません。
なるほど、何もないことが魅力であると。
それに、地域の人がとてもいい方々で、しっかりコミュニティがあるのもいいんですよ。
例えば、仲がいい友人のお母さんは、親戚でもないお隣のおばあちゃんの家を掃除してあげたり、知り合いの親戚の子を家で預かっていたり。私が帰ってきたら、近所の人が「舞ちゃん、大きくなったね」と声をかけてくれて、漁師さんが「この魚食べて」と持たせてくれて。
地域全体がまるで家族のような、すごく温かい雰囲気が大好きです。だから、これからどこで何をしても糸島の拠点は外せません。
自分が楽しいと思えることで成長していきたい
今後のことはどのように考えていますか?
仕事の幅を広げていきたいですね。フリースタイルで海外に出て、海外の人たちとノリが合う経験があったので、本業のマーケティングや映像制作でも、どんどん世界に行けるといいなと思っています。
フリースタイルの世界大会で輝かしい成績をおさめられました。
2023年8月、チェコで開かれた世界大会「スーパーボールワールドオープン2023」に初めて出場し、音楽に合わせて即興でパフォーマンスを披露する部門で世界トップ8に。11月にはアジア選手権を2位で通過して、ケニアで行われた別の世界大会でトップ16に入りました。
これからも世界一を目指して技を磨き、ゆくゆくは最年長のフリースタイルフットボーラーになりたいです。何歳になってもできる競技なので、死ぬまで楽しく続けたいと思っています。

NIKEからオファーがきてCMに出演。ボールメーカーのアンバサダーも務めている
安武さんが人生で大切にしていることは何ですか?
自分が楽しむことを1番大事にしたいと考えています。
私は仕事もフリースタイルも心から楽しんでいるけれど、フリースタイルで世界トップクラスの人の中には、プレッシャーでしんどくなる人もいます。私も制限なくやっているとそうなる可能性はあって、自分が楽しむことが成長の源なので、楽しいと感じられなくなったことはやめるつもりです。
あとは、やりたいと思ったら考えすぎず、とりあえずやり切ることにしています。もちろん失敗することもあるけど、まわりの人たちに支えられて、何事もやり切ってこれました。

「教えることが好きなので、フリースタイルのスクールを開きたい」と夢を語る
最後に、糸島で働くことに興味を持っている人にメッセージをお願いします。
糸島の魅力は、この壮大な自然と、地域のコミュニティがしっかりあるところです。
地域の人たちとコミュニケーションを取って仲良くなると、本当の家族のように温かく迎え入れてもらえて、幸せな糸島ライフを送れると思いますよ。
何もないからこそクリエイティブになり、自分と向き合える。そして、家族のような温かさにホッとする。3つの顔を持ち、3拠点をまたにかけて活躍する安武さんが語る糸島の魅力は、説得力に満ちていた。
(2024年1月取材、文=佐々木恵美 写真=渡邊精二)