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#6 学生寮から広がる糸島での挑戦 【糸島しごと】
更新日:2024年2月7日
#6 学生寮から広がる糸島での挑戦

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大堂良太さん Odo Ryota
九州熱風法人よかごつ代表
1982年、熊本県生まれ。九州大学を卒業後、丸紅株式会社に入社。2017年に起業し、学生寮を始めるため糸島市に移住。現在は寮の運営の他、カフェやゲストハウス、コワーキングスペース、棚オーナー制古書店、駄菓子屋などの運営も行っている。
2018年、九州大学が伊都キャンパスに移転完了し、周辺は学生向けのマンションや飲食店など生活利便施設が増える中、糸島市で古民家をリノベーションし「地域にひらかれた学生寮」を始めた大堂良太さん。学生生活をほぼ学生寮で過ごした経験が学生寮を始める原体験になった。現在、運営している寮「熱風寮」は糸島市内7カ所に増え、カフェやゲストハウスなどの運営も行っている。穏やかで優しい表情の内に秘められた、学生と地域への熱い思いや今後の展望を聞いた。
学生寮を始めるため学生時代を過ごした福岡へ移住
寮やゲストハウスなど多くの事業をしていますね。仕事内容とどのような働き方をしているのか教えてください。
メインは九大生向けの学生寮の運営ですね。空き家や古民家をリノベーションしてシェアハウス型の寮を運営しています。寮は現在7棟あり、そのうち3棟は学生だけでなく、社会人も住める起業家シェアハウスです。起業している人や将来自分で事業を起こしたい人が切磋琢磨し、刺激し合える場所です。そのほか、カフェやゲストハウス、コワーキングスペースなども運営しています。
普段はコワーキングスペースで仕事したり、外で打ち合わせをしたり、1、2週間に一度は寮にも顔を出し、寮生と一緒に掃除や片付けをしています。ただ最近は手が回らなくなっているので、寮の設備面だけでなく、寮生同士の交流などソフト面のサポートを住んでいる寮生数名にお願いしています。この「右腕制度」はつい先日できたばかりなんです。

前原西にある社会人混合型シェアハウスは筑前前原駅から徒歩5分の立地
寮という箱を作るだけではなくて、その中でのつながりやコミュニティを大切にしているのですね。大堂さんはどのような関わり方をしていますか。
寮生同士の交流の場を作ったり、就職の相談を受けたり、寮生に将来やりたいことがあって、会ってみたい人がいると相談を受けた時は、その人をつないだりします。
地域の清掃活動やイベントを紹介して、寮生が自分たちで地域の人と関わり、地域を知ることで、地域をどうやってよくしていくか考えるきっかけ作りもしています。
私は地域と寮生の媒介役みたいな役割ですね。

寮の壁に貼られた掃除当番表。掃除も寮生で行う
大堂さんも学生時代は寮生活をしていたそうですね。
大学院までの6年間のうち5年半は寮生活をしていました。一度は一人暮らしをしてみたくてやってみたのですが、全然面白くなくて半年で辞めました。
寮生活には、一人暮らしにはない「おかえり」や「ただいま」があって、家族のような関係があります。そこで自分の悩みを相談したり、面白いことを一緒にしたりすることで、自分が満たされる感覚があって、自分がやりたいことに打ち込める、精神的に安心できる基盤が寮にはあると感じました。この経験が学生寮をやりたいと思った原体験になりました。

熱風寮前原西は築130年を超える古民家。
渡り廊下は中庭に面し、風情がある
学生寮を始めるきっかけはなんだったのでしょうか?
いずれは九州に帰って、自分で社会に貢献できることをやりたいと思っていました。
私は高校の物理の教員免許を持っているのですが、授業で勉強を教えるよりも、「教育×〇〇」の掛け算で若い人のやりたいことに伴走して、教育を通じて背中を押したいとずっと思っていました。でもその〇〇にはまるものがなかなか見つかりませんでした。
30歳くらいの時に働きながら社会人向けのビジネススクールのグロービス経営大学院に通いました。その時に自分の志を探す授業があり、「〇〇は学生寮だ!」とピタッとはまったんです。
そこから何年後に会社を辞めて、物件を探してと具体的に計画を立てていきました。前職の丸紅を退職し、東京で学生寮を運営していたNPO法人で1年間勉強して、2017年に家族と一緒に糸島に移住しました。

コーヒーを淹れながら寮生の近況などを聞き、
会話が弾む
糸島での出会いが糸島移住のきっかけに
最初から糸島で学生寮をしようと思っていたのですか。
九大の近くでやろうと思っていたので、糸島市だけでなく福岡市内も含めて物件を探していました。私が学生の頃は九大が箱崎にあったので、姪浜から西には行ったことがなかったくらい糸島のことはほとんど知りませんでした。
1棟目の桜井にある学生寮は東京から日帰りで5、6回福岡へ通って、不動産屋に紹介してもらい、31件目でやっと出会えた物件です。その時に糸島市役所や地元の区長さんたちに相談したら、すごく良い方ばかりで、後押ししてくれて、糸島が好きになりました。糸島で会社の登記をして、ここを拠点に活動しようと思うきっかけになりましたね。
糸島人との出会いが糸島で活動するきっかけになったのですね。寮だけでなく、コミュニティ作りは多岐に渡っていますね。
初めは学生寮だけやろうと思って糸島に来たのですが、1つの寮で関われる学生はせいぜい8人くらいです。九大生って1万人以上いるのに、関われない学生が多くて寮だけでは足りないと感じるようになりました。
価値観が近い人と深い話をしたいけれど、共同生活は苦手な学生もいるだろうし、自分のやりたいことがあるけれど、一歩が踏み出せず、悩んでモヤモヤしている学生って多いと思います。だから寮以外にも学生が人や地域と関われる接点のようなタッチポイントはいくつかあった方がいいなと思って、学生が行きやすいカフェや、本好きが集まるコミュニティを作りました。

前原商店街にある通称「糸かお」と呼ばれる本屋は、30センチ四方に仕切られた棚に1人ずつオーナーがいる。現在、オーナーは約100人
移住する時の家族の反応や、糸島の暮らしはいかがですか。
関東にいる時から、妻にはいずれ九州に帰りたいと度々話していて、「やらなくて後悔するなら、今やったほうがいいよ」と背中を押してくれました。実際、独立して糸島に来て人生が100倍楽しくなりました。
1つは時間の使い方。自分の好きなことや、やりたいことに時間を使えることです。例えば、平日の昼間に会いたい人にも会えるし、休みたい時に休めます。2つ目はやりたいことに100%取り組めることです。食べるために働くとか、嫌なことでも耐え忍ぶみたいな感覚はほとんどないですね。
糸島は自然も食も豊かで人もいい。自分の子どもたちにたくさんの大人や学生に会わせて、人生も視野も広げてほしいと思っています。
自分が助けてもらったから次は恩送り
糸島で仕事をすることに感じる魅力はなんでしょうか。
人と人との距離が近いところですね。新しいことをしたい時に、その分野のキーマンとつながりやすいです。糸島で活動している人たちのコミュニティがあり、それは糸島の価値だと思います。
また独立している人や、フリーランスの人を応援する風土があるように感じます。自分の時も助けてもらったから、恩返しというか恩送りで、やりたいことがある次の人をサポートしようという人が多いんでしょうね。
私の場合、学生寮の2棟目からは不動産屋の紹介ではなく、オーナーさんから直接相談を受けた物件です。学生寮のことを新聞や人づてに知ってもらって、人とのつながりから声をかけていただいて本当にありがたいです。

駄菓子屋トムソー屋のパーカーは完成したばかり。夕方になると地域の子ども達でにぎわう
大堂さんの地域に根ざした働き方が糸島の人に伝わったのですね。今後の展望を教えてください。
学生寮を起点に「地方大学×地域」の掛け算で、地域や社会に貢献するプロジェクトをたくさん生み出せる仕組みを作りたいです。
例えば、地域の高齢者の方は買い物や庭の手入れが難しいなどたくさんの課題があります。それを地方の大学生が解決する組織を作って、プロジェクトを立ち上げる。学生が自分の得意分野ややりたいことの延長で、大学以外の場で活躍し、学生が地域に出ていける仕組みを作りたいです。まずは「九大と糸島」でモデルを作って、九州、全国と広げたいですね。
それとイキイキした人を増やしたいです。自分がイキイキして、自分が満たされていないと、人に優しくできないし、他の人に支援の手を伸ばせない。私が大切にしている会社の理念です。

終始笑顔で穏やかな雰囲気が印象的な大堂さん。今後も大堂さんの取り組みが多くの学生や地域への刺激になり、イキイキした人たちを増やしていくだろう。
(2023年12月取材、文=柳詰紘子 写真=渡邊精二)