『糸島平家物語』展 開催中!<伊都国歴史博物館>

展覧会のおしらせ
★★★★★★ 企画展開催中!! ★★★★★★
平成23年度 冬季企画展
『糸島平家物語』
平成24年1月21日(土曜日)~3月25日(日曜日)
貴族が支配する社会から武士主導の社会へ移り変わる激動の時代を生きた人物「平清盛」。
清盛が活躍した当時、糸島にも在地の武士が台頭し勢力を拡大していったといわれています。
1019(寛仁3)年には、糸島に大陸から侵攻してきた女真(じょしん)族が襲来し多くの損害を与えた事件「刀伊の入寇(といのにゅうこう)」がおこりましたが、これを撃退したのが志麻郡の住人・文室忠光(ふんやただみつ)ら在地の武士たちでした。
また、中世糸島の歴史に名を残す原田氏が糸島地方に勢力の基盤を築きあげたのもこの頃です。二丈満吉の唐原(とうばる)地区に平家一門の一人、平重盛の内室が一時隠れ住み、これを保護したのが原田種直だったと伝えられています。
今回の企画展では、平安時代から鎌倉時代にかけての糸島における武士の登場と活躍について当時の記録や遺跡の出土品などを通して紹介いたします。
【印刷用データ ダウンロード】 ⇒ 『糸島平家物語』チラシデータ(A4) [PDFファイル/885KB]
【主な展示品】
平重盛公肖像画(江戸時代)・重盛公小袖・重盛公の遺髪を治めた容器(以上龍国寺蔵)
木造千手観音像(平安時代・伝平重盛公念持仏・個人蔵)
平重盛公内室愛用の硯(個人蔵)
原田種直公肖像画(江戸時代)・種直公愛用硯箱・種直公冠台(以上龍国寺蔵)
飯盛山出土瓦経(福岡県指定文化財・糸島高校蔵)
経筒・経筒外容器・銅鏡・白磁器(以上糸島高校蔵)
ほか
『糸島平家物語 イメージ映像』
↓ ↓ ↓ ↓
「唐原の平家落人伝説」
糸島市二丈満吉の枝村、唐原には平家の悲しい伝説が伝わっている。
永寿2(1183)年、平家の都落ちに際して大宰少弐、原田種直は岩戸の私邸(現、福岡県那珂川町)に安徳天皇を遷座し、源氏軍と対峙する。その後、一の谷の戦いで敗れ、平家の敗色がますます強まると平氏の血統を守るべく、平重盛の奥方と二息女を人里離れた唐原の地に匿うという画策を練る。
唐原に伝わる伝説は次のとおりである。
「唐原に隠れた奥方一行の生活は慎ましく、従者たちも田畑を耕し、身分を隠して一行の世話をしていた。奥方は夫重盛の遺髪を祀り、熊野神社をも勧請して平家の復興を願い、姫君たちは遠く都を望みながら涙していたと言う。
壇ノ浦での合戦後、勝利した源 頼朝は激しいばかりの平家追討を行った。ついには唐原に隠れていた姫君たちは見つかり、源氏の追手に殺害されてしまう。この時、奥方は逃げのびたものの、悲しみのあまり自刃して果てたと言う。」
その後も従者たちはこの地に留まり、重盛公の遺髪を祀った黒髪塚や奥方の墓を守り続けた。今、唐原に住む方々はその末裔とされる。
関連年表
保元元(1156)年 保元の乱
平治元(1159)年 平治の乱
長寛2(1164)年 厳島神社納経
仁安2(1164)年 平清盛 太政大臣へ
承安元(1171)年 平重盛 内大臣へ
治承元(1177)年 鹿ヶ谷事件
治承3(1179)年 重盛 没
治承4(1180)年 原田種直 後白河法皇幽閉に際し、御所警護
治承4(1180)年 安徳天皇即位
源頼朝、源 義仲 挙兵
養和元(1181)年 清盛 没
寿永2(1183)年 平家都落ち
種直 安徳天皇を岩戸の私邸へ遷座
文治元(1185)年 屋島の戦い
壇ノ浦の戦い(平氏滅亡)
種直 鎌倉幽閉
建久元(1190)年 種直 赦免
建久3(1203)年 小松山 極楽寺(龍国寺)建立
健保元(1213)年 種直 没












