ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > Web市長室 > 糸島の古代ロマンに感動

糸島の古代ロマンに感動

印刷用ページを表示する 掲載日:2011年10月7日更新

「最古の暦を記した大刀が出土―元岡古墳群―」

9月22日付の新聞各社朝刊一面を賑わせた元岡古墳群G6号墳。
ここから、「大歳庚寅正月六日庚寅日時作刀凡十二果(練?)」の19文字の銘文入りの大刀が発見され、全国的な注目を集めています。

この古墳群は、九州大学伊都キャンパスの移転統合に伴い、福岡市教育委員会により1995年から発掘調査が行われている元岡・桑原遺跡群の一部にあります。
ちょうど糸島市と福岡市の市境に位置し、私も子どもの頃はよくミカン狩りに行っていた馴染みの場所です。

さて、今回、全国の注目を集めた大刀が出土したことを受けて、実際に現地を見学させていただきました。

大刀が出土したG6号墳は、墳丘自体は削られていましたが、石室は立派な花崗岩の天井石など、しっかりと当時の姿を残していました。担当職員のお話によると、鎌倉時代にもこの石室に入って何らかの目的で使用した痕跡があったとか。盗掘されず、この大刀が現代まで残ったのは、まさに奇跡的だと感じました。

kofunkengaku石室内の様子

調査担当者からレクチャーを受ける

G6号墳の石室内部の様子

 
銘文によれば、大刀が作られたのは西暦570年。
このころの糸島地域は、国際交易の拠点として繁栄した弥生時代から役割が一転。
朝鮮半島との緊張関係に備え、軍事の拠点としての役割を担うようになっていった頃です。
602年には新羅討伐の目的で、嶋郡に聖徳太子の弟・来目皇子が2万5千の兵とともに進駐しています。

G6号墳が築かれたのは7世紀中頃。
大刀は、軍事の指揮にあたった有力豪族がヤマト王権から賜ったものなのでしょうか?

古墳時代の銘文入り刀剣は全国8例目で、干支と日付が一緒に記された初の事例。
しかも最初の暦使用の実例として第一級の発見です。

これから研究が進み、糸島地域の古代ロマンがひもとかれていくことに大いに期待しています。