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東日本大震災 支援活動の報告会が開催されました

印刷用ページを表示する 掲載日:2011年8月16日更新

東日本大震災発生から5ヶ月。

被災地の現状を市民に伝え、今後の糸島での対応を考える機会とするべく、
8月9日、復興支援に携わった市民ボランティア、警察、消防、市役所職員らによる「東日本大震災被災地派遣者報告会」(主催:糸島市、共催:糸島警察署・糸島市歯科医師会・糸島小動物獣医師会)を開催しました。

会場となった人権センターに集まった市民・関係者は300人超。

報告者は、現地での支援活動で感じ、学んだことを熱く訴えかけました。

半田さん

半田 正さん(はんだ歯科医院 院長)
 

  平成23年6月12日~19日
  宮城県石巻市、気仙沼市、女川町で、身元不明遺体の確認作業に従事

警察歯科医として、鑑識での検視方法を指導していた経験から、今回の確認作業に召集された。

身元特定で身体的特徴や所持品に次いで重要となるのが歯型の照合。
震災発生から時間が経っても歯型は残り、その重要性は増す。
万が一に備え、かかりつけの歯科医でレントゲンをとり、そのことを家族が把握していると安心だ。

今回、小学校等で多くの子どもたちが犠牲となった。
命に順序をつけるわけではないが、災害で子どもを死なせてはならないと強く感じた。
どうやって子どもを災害から守るか、地域で考えるときだ。

できれば一人でも多く現地を見てほしい。それが無理でも、現地のことを聴き、知ってほしい。
もし依頼があれば、どこででも私の体験をお話したい。
一人でも多くの方に伝えること、それが私の使命。今後のライフワークとしたい。

 

 有田さん

有田 公正さん(有田動物病院 院長) 

 平成23年6月21日~23日
 岩手県盛岡市・陸前高田市・大船渡市で被災動物保護活動、現地視察に従事

被災地を見て、現状を知りたい、何か役に立ちたいという思いから、糸島小動物獣医師会の事業として現地へ。

6月までの3か月で保護された動物は約330頭。
ケガをした動物は意外に少なく、大半は迷い犬(猫)や震災後飼えなくなった動物たちだった。

今回学んだことは多い。
ひとつは、災害発生後、場当たり的に保護施設を作ることは有効ではないということ。
動物飼育の知識を有するスタッフの確保や感染症の問題を伴うからだ。

では、災害に備えどうすべきか。
まず飼い主は、動物が人間社会で共同生活を送る最低限のしつけ(噛まない・吠えない)をし、名札・注射済票・マイクロチップなど個体識別策をとること。
行政や獣医師会は、災害時保護ボランティアを確保し養成講習等を実施。
実行性のあ る「災害時動物救護マニュアル」を作成し、広く周知することも必要だ。

ペットも、近年では家族のかけがえのない存在としてたいせつにされる現在でも、災害時には「被災弱者」となり、「厄災のたね」ともなりかねない。日頃から、人間同様、動物の災害対策も講じてほしい。

 

仲西さん

仲西 博規さん(即応予備自衛官)

平成23年4月7日~19日
宮城県南三陸町で行方不明者の捜索に従事

陸上自衛隊からの召集を受け、福岡県から238人が被災地へ出立。
降り立った松島基地(宮城県東松島市)内のいたる所に流木とがれきの山ができていた。
戦闘機など28機が水没など甚大な被害を受けた。

現地では、倒壊した家屋などをバールやチェーンソーで破壊しながら行方不明者の捜索を実施。
現場は元々、魚の保存施設があったため、魚が腐り悪臭が漂っていた。埃もひどく劣悪な環境だった。

食事は朝は菓子パン、昼はレトルトのご飯・おかず、夜は炊事班が準備したもの。風呂は交替制で2日に1度。
宿営地から現地までは直線距離で100キロ。高速道路で片道4時間かかった。

今回の支援で得た教訓は以下のとおり。

・糸島でも起こりうる災害に備えること(警固断層に近く、大地震いつ発生してもおかしくない。局地的豪雨もありえる)
・物心両面の準備を(地域の要援護者と日頃からコミュニケーションをとり、支援体制を確立すべき)
・危険個所を把握し、避難経路を確認しておくこと

被災地では、どこを見渡しても、目の前に広がるのは現実とは思えないような世界。
二度とこのような災害があってほしくないと強く願う

 

  

永田幸徳さん(糸島警察署)

永田 幸徳さん(糸島警察署)

 平成23年5月
 宮城県石巻警察署管内で、避難所を中心としたパトロール・防犯活動などに従事

被災者の多くが避難所生活を送っているため、現地では無人宅への侵入が多発。
コンビニのATM破壊やタイヤ盗難も頻発していた。
行方不明者の捜索と並行して、防犯活動も早急に実施すべきである。

長い避難所生活による被災者のストレスは限界に達している。
仮設住宅への入居が決まった人への妬みから、いやがらせ行為をする人も。
市職員が常駐していない避難所では、被災者自身がリーダーとなりトラブル対応などにあたっており、
その負担がかなり重くのしかかっていた。
小規模な避難所ほど問題が山積している。避難所運営についても、しっかり対応できる体制づくりが必要だ。

ある避難所では、初対面である私に、おばあちゃんが津波の恐ろしさや亡くなったご家族の話をしてくれた。「話を聴いてくれてありがとう。被災者同士だと辛くて津波の話はできないから」と笑ってくれた。

本当に大変な思いをしている被災者の皆さん。しかし「遠くからありがとう、ご飯ちゃんと食べていますか」とこちらの心配をしてくれる、そんな強くて心やさしい東北の人柄に触れることができ、胸が熱くなった。

矢野和英さん(糸島市消防本部)
矢野 和英さん(糸島市消防本部)

 平成23年3月14日~21日
 宮城県亘理郡山元町で行方不明者の捜索等に従事

福岡県緊急消防援助隊糸島隊として、糸島消防本部から4名が出動。
現地では余震が続く中での捜索活動。3日間で12遺体を発見した。

自分の目で見る被災地は、テレビ画面から受ける印象とはまるで異なり、まさにこの世の地獄。
言葉もなく、ただ延々と続くがれきと水溜りを眺めるばかりだった。

岩手県の作家、山下文男氏は、「津波てんでこ」の重要さを主張している。
「津波てんでこ」は東北地方に伝わる言葉で、津波のときは、てんでばらばら、親子といえども人を頼らず、
走れる子どもは一目散に逃げろ。そして一家全滅・共倒れになることを防げ、ということだ。
てんでに走って逃げられない高齢者などは、家族の誰が助けるか、家族や近隣で話し合って決めておくのである。

津波の前に必ず大地震があるわけではない。地震発生から津波がくるまでしばらく時間があるというのも間違いだ。

過去の災害事案やたくさんの教えの中で、何を選択し、どう活かすのかがたいせつである。
このことは身近な水害・火災でも同様。
市民の危機管理意識に基づく地域コミュニケーション、地域防災意識の向上を図ることが重要だ。

古川毅さん(糸島市役所)

古川 毅さん(糸島市役所)

 平成23年5月8日~17日
 宮城県東松島市で申請事務支援に従事

主な支援内容は、罹災証明書の発行や家屋の再建手続き事務。
「移動窓口」で岩手県境まで出向くこともあった。

強く印象に残っているのは、現地の行政職員が、多忙な中でも住民に対し本当に真摯に対応する姿。
災害時には、地域のことを熟知している地元自治体にしかできないことは多く、
日頃から信頼関係を確立しておくことが重要であるとの認識が深まった。

今後、糸島市で同様な災害に遭遇したとき、おもに以下のような対応が必要。
・津波時の緊急脱出用として、車内にハンマーを用意
・重要なデータは信頼できるサーバーに分散させる
・停電に備え、情報ツールとして携帯用ラジオを準備
・最低3日間の食料を確保 など

「百聞は一見にしかず、百見は一体験にしかず」
現地へ行くことが可能である人は、ぜひ自分の目で被災地の現状を見てほしい。

多くの市民が聴衆市民から質問

・一時期の支援にとどまらず、長期的に支援していくことが必要だ
・ひとりでも多く現地に足を運び、実際に自分の目で確認してほしい
・現状を知り、伝え、苦しみを分かちあうことがたいせつだ
・今こそ地域の絆を深め、災害に備えるべきだ
との声が、市民のみなさんの心に届いたことと思います。 

報告者から、直に体験談や現地の状況を聴くことは、テレビや新聞をとおして知る情報以上に
臨場感・説得力があり、胸に迫るものがあります。

こうした貴重な体験談を、もっと多くの市民の皆さんへ伝えていかなければなりません。

糸島市では、引き続き福岡県や全国市長会と合同での職員派遣を予定しています。
今後の活動の状況は、「広報いとしま」や公式ホームページで、「復興支援報告」として随時掲載していきます。