被災現地の緊急支援活動を報告~糸島市消防本部緊急援助隊が帰還
今回の大震災で甚大な被害を受けられた被災地のみなさまに、心からお見舞いを申し上げます。
糸島隊の活動報告
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3月14日に、福岡県隊(51隊168人)として東北地方太平洋沖地震の消防支援隊として参加した糸島市消防本部の4人の隊員が、支援日程を終え帰還。市長に報告を行いました。
福岡県隊が活動したのは、宮城県亘(わたり)郡山元町。3月20日現在、まだ750人の行方不明者がいるとのこと。福岡県隊は、それぞれに分担して支援を行い、糸島隊の4人は主に遺体捜索を行いました。
福岡県隊は、3月14日に出発し、岡山、静岡、栃木を経由し、17日に現地に到着。18日から20日までの3日間の支援活動を行いました。移動の途中、静岡県での大きな地震にも遭遇し、富士宮市で9隊が出動するなど、現地に到着するまでも大変だったようです。
消防隊の本来の目的は、救助で、生存の可能性を求めて活動をするものですが、結果的には被災地での遺体捜索が主な活動となりました。瓦礫と泥に埋もれた水田で、捜索を行います。遺体を発見すると、布を巻いた棒を立て、地元消防に連絡。自衛隊によって遺体が回収されました。
活動の状況
水田は泥につかり、深いところは頭までくるようなぬかるみもあり、さらに瓦礫が散乱し、悪条件の中での捜索だったとのこと、また、時折発生する強い余震に、再発するかもしれない津波を意識しながら、避難体制を確保しながらの活動だったそうです。
山元町は、高さ10mを超える津波に襲われ、消防隊が捜索したのは海岸からおよそ6kmの地点。そこには、津波に根こそぎ引き抜かれた海岸の松の大木もありました。テレビなどで現地の状況は把握しているつもりの隊員も、現地の惨状に唖然としたそうです。
家屋は基礎部分しか残っておらず、目視での捜索。泥水と瓦礫の中の遺体は、よく目を凝らさなければ発見ができません。感情を殺し、黙々と続けられる捜索活動。感情に支配されると任務の遂行ができなくなってしまうのです。
地域住民と交流する機会はありませんでしたが、家の状況を確認に来られた住民と出合っても、あまりの惨状に「大変でしたね」と声をかけるのが精いっぱい。言葉が出なかったそうです。
活動をとおしての思い
短い支援でしたが、隊員たちはこの活動をとおして、営々と築き上げて来られた地域を一瞬に飲み込む自然災害の恐怖を思い知らされ、その中にあって、再建に向けて活動を始めた地元の人たちの力強さに、逆に勇気をもらったと語っていました。
山元町は過去に津波災害の経験もあり、定期的な避難訓練を行っていた地域です。想定外の災害とは言え、この糸島市でも同じようなことが起こる可能性はあり、原発事故を含め、行政の防災計画の見直しはもちろん、市民が危機感を持ち、自助(逃げる)の意識を持つことがたいせつ。また、地域の役割として、日ごろから相互に助け、確認し合うこと、そして地域だけが持つ災害の経験を生かしていくことの重要性を改めて感じたそうです。
救助・支援、そして被災地の復興にはまだまだ時間がかかります。参加した糸島隊の4人は、被災地のみなさんも支援する私たちも、気持のエネルギーをしっかりと持ち、丁寧、地道、確実な行動・支援が必要であると実感したと語っていました。
| 写真は、救援に参加した隊員 (左から矢野司令、瀬戸口士長、末安副士長、石丸副士長) | 現場の状況などを語る消防隊員 |



